【瞑想テクニック】瞑想ライディングへの挑戦٩( 'ω' )و

 さて旅の話だが無意識を研ぎ澄まし、雑念を拭い去ることを意識しながらバイクに乗ると最高に冴え渡った気分になることに、ある日僕は気がついた。

 とはいえ、無意識を研ぎ澄ますだなんて言うは易しだが、なかなか難しい。雑念なんていくらでも湧いてくるのだ。
 ただ後述するが当時瞑想にも取り組んでいて、雑念を払うコツは幾つか掴んでいた。
 だから腐ったメンタルでもある程度は無意識的にバイクに乗れた。
 僕は修行の旅に出ることを決意する。

 無意識の拡張の効果を試す旅、それが山梨旅行だ。


 それは、ライディングにどこまで集中できるか、
 雑念を排除することでどの程度疲れずにバイクに乗れるようになるかの確認だ。
 双極性障害混合状態の時の、あまりの落ち着きの無さで何もかもに過集中してはいきなり疲れ果てるというムラっ気が、どこまで落ち着いたかを確認したかったのだ。

 結果は大満足だった。
 
 落ち着いて、疲れずに、安全に、バイクに乗れた。
 ながら瞑想には歩きながら瞑想とか、お経通読しながらの瞑想とか、色々なやり方があるが、僕は遂に瞑想しながらライディングができるようになった。
 すると何年も楽しくなかったライディングが、楽しかった。

 1歩前へ進めた感触が、確かにあった。
 混合状態ではあったものの、だいぶ病相が好転したなと、僕は確信した。
 まさに正真正銘の自分探しの旅である。

とはいえ、これらに成功したのは僕が呼吸と瞑想の訓練をやったからこそである。

正直、瞑想は難しい。が、やる価値はある。
 やれるようになった今だからこそ言えるか、瞑想は素晴らしいものである。
 筋トレやランナーズハイとはまた違った、集中力のスイッチの入り方だ。

 後述するが、良い方向に人格を書き換えることだってできる。

 人格を書き換えられるくらいに、瞑想で心が柔軟になるのだ。


 僕の場合、瞑想の訓練は昔から、おそらく2013年に鬱になってすぐに始めた。
 鬱から立ち直りたくて、何冊か本を読んで、瞑想はなんだか良さそうな気がした。
 だがいろいろなやり方に挑戦したものの、最初の2年間、僕は瞑想に入れなかった。
 コレじゃない感と徒労感との戦いだ。
 少しづつしか上達せず、なかなか継続できない。

 上達とは何かというと、心を無にできるかどうか、だ。

 正直なところ、当時は瞑想に取り組んでも成果が出せず、しばらくは飽きて忘れていた。だが休職し始めてからはとりあえずやれることはすべてやろうと決意し、毎日瞑想の訓練をしていた。まさに藁をも掴む思いだった。だがそれもしばらくは徒労に終わる。あることに気がつくまでは。

あることとは、呼吸である。

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