【鬱と運転】オートバイに捧げた半生(。・ω・。)

ところで僕はオートバイが好きだ。

 中学生の頃はバイクを買うために新聞配達に勤しんでいた程である。
 高校に行くと校則的にバイクに乗れなくなることを恐れ、高専を目指した。高専の、何もかもフリーダムな雰囲気に憧れがあったのは事実だ。もちろん、理系なので好奇心的にもどうしても挑戦したかった。

だが言うまでもなく、一番の目的はバイクである。

 僕は中学3年の夏から受験勉強を始め、国立久留米高専機械工学部に合格する。
 ある意味エンジニアになったきっかけすら、バイクだ。

 16歳ですぐに免許を取り、それから16年間ずーっとバイクに乗っている。かれこれ30万キロメートル程度は走っただろうか。多趣味で飽きっぽいこの僕が、10年以上続けている趣味はこれだけだ。
 こんな僕でも鬱の時、全くバイクが楽しめなくなったことはある。2013年だ。

 バイクが楽しくないというのは我ながら相当にショックだったが僕はバイクを降りなかった。むしろ、逆に依存・執着した。

 鬱でほぼすべての好奇心を失い、体が動かなくなってしまった時、僕はもう、どうやって気分転換すれば良いのか分からなくなってしまい、すがりついてしまったのが、バイクだったのだ。

 バイクだけは少しワクワクできるような気がした。これはいわば僕にとって一筋の光。

 好奇心が無くなってしまう恐怖こそが鬱の頃の僕にとって最大のストレスだったと断言できる。僕は好奇心が無くなったら、どう生きればいいのか解らなかった。

そんな僕にとってバイクは生き延びる為の、最後の希望だった。

僕は生き延びるため、バイクを買い換えなければという妙な使命感に駆り出され、2013年7月にWR250Rというオフロードバイクを購入した。
この子は僕にとってはメンタル面では命の恩人であり、今でも相棒である。
この子がいなければ僕は死んでいたと思う。

 一方で車は売った。
 鬱と自律神経失調症で反射神経が無さすぎてこのままではいつか人を轢き殺すと思ったからだ。バイクなら死ぬことはあっても殺すことはないだろうという判断だった。

 それにバイクでの安全運転は慣れていた。
 実を言うと、免許取った直後、僕はバイクで事故を起こしている。その時かなり懲りてしまい、以来幸いにも僕は15年、無事故だった。かれこれ数十万キロ無事故を貫き通した慣れもあってか、バイクだとなんとか不安なく運転できた。

 だが鬱の時は車の運転はダメだった。車幅などの車両感覚すら危うい。クラッチもスムーズに繋げなくなった。運転そのものが恐怖だった。
 今では体調も戻り問題なく運転できる。だが未だに少しトラウマはある。車の運転を心の底から楽しむことはできない。

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