【躁鬱とは】テンションの上がり下がりは度を越すと病気だ。

 僕が自己の精神状態、気分の上がり下がりを意識し始めたのは中学2年生くらいだ。すでにこの頃、僕は自分の集中力に大きな波があることについて自覚的だった。ランニングが好きだったのだが、ジョギングした後はだいたい冴えていることに気づいていたので、テスト勉強する時はいつも自分を研ぎ澄ます儀式としてジョギングや筋トレ、そしてセルフマインドコントロールに打ち込んでいた。

 そう、いわゆる「ルーティーン」を始めたのが中学生の頃だった。

 ここでいうルーティーンとは、集中する状態に入るための儀式のことだ。

僕の場合、それは当時、ジョギングであり筋トレであり、ここ最近は呼吸と瞑想になった。本書ではライフハックとしての瞑想、そしてそのコツとして呼吸の大切さを皆様にお伝えしたい。

 短期的な精神状態の波(浮き沈み)について僕は割と早い段階で気がついていたが、数年周期の波、双極性障害者ならではのうつ状態、そう状態のゆっくりとした人格の移り変わりについて、自覚したのはここ最近の話だ。

やがてその波は次第に荒々しくなり、僕の人生を翻弄していく。
ターニングポイントは2013年の6月のある日。

朝起きたら、意識が朦朧として、体に力が入らなくなった。

双極性障害とそれに起因する自律神経失調症がついに病的なところまで進んでしまったのだ。

双極性障害の病相の一つ、鬱エピソードに転じた瞬間である。

それから2年間、ほとんど記憶はない。
無我夢中で生きてきたけど、失ったものは記憶だけに留まらず、
お金、信用、友達、色んなものを失ったようなきがする。

 気がする、、、、要するに記憶があやふやだから
なんとも断言できないという訳なのだが、

2年間の人生の空白期間は本当に辛かった。

 反射神経や認知能力は著しく低下し、僕は大好きだった車を降りた。このままではいつか人を轢き殺してしまうって思ったからだ。

体に力が入らないから、それまでルーティーンとして使ってたジョギングや筋トレは一切できなくなった。

仕事もグダグダでよくもまぁあの期間にクビにならなかったものだ。あの期間にちゃんと給料を支給してくれた会社には本当に感謝している。

私生活は荒れ果て、人とのコミュニケーションも危うくなり手が震えて字を書くことはできなくなった。何より言葉が自然に出てこなくなったのが辛かった。日常会話で使う常用の言葉すら思い出せなくなったのだ。文字どおり廃人だ。

 そんな僕にも立ち直る機会はあった。

 良くも悪くも僕は躁鬱病なので、きっかけさえあれば躁に転じる

一般的に双極性障害の気分の上がり下がりの周期は数年だと言われている。これまでの一生を振り返ってみるだに、僕もだいたいそんな感じだ。躁であれば、行動力だけはあるので、自分を変えたり環境を変えたりとした様々な取り組みを行うことは、可能だ。

だが躁は躁で実はすっごく生きづらい。

躁の人格の時、僕に社会性はない。

慎重な行動なんて無理。思いつきで異常行動を繰り返してしまう。
疲れがわからなくなるので限界まで頑張って、突然倒れる。散財やら酒タバコなどの各種依存性があるものに、どっぷり浸かってしまう。双極性障害やうつ病の患者は依存症に対する依存症みたいなもので何かしらにすがりついてしまう傾向がある。

もちろん僕もそうだ。ここ数年はバイクにすがりついてしまった。その前はアニメだったかな。そういえば、死んだおじいちゃんも双極性障害で、アルコール中毒だった。

 すがりつきからくる苦しみは深い。

しかも、すがりついている間、それが苦しみであるという発想に移ることは
当人にとっては極めて難しいものだ。すがりつきに苦しんでいる人はその苦しみや飢餓感がすがりつきからくるものとどうしても自覚できないものである。

 とはいえ、鬱より躁がまだマシだ。動ける。何かを変えることはできる。鬱は辛い。何もできない。無力感と脱力感に苛まれ、1日が終わってしまう。

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