【躁鬱病闘病記】僕にとっての最後の希望、瞑想


 話を戻すと、僕は休職中に4回ほど旅(バイクツーリング)に出ている。
 長野方面、山梨方面伊豆、富山県方面、福島方面だ。

 長野方面の旅行は天候や道に恵まれ、楽しかったような気がする。ちょっと記憶が曖昧だ。語りたいのだが語る思い出がない。ビーナスライン周辺はかなり綺麗だったような気がする。
 
 最高の天気の元、白樺湖の湖畔でおしゃれなランチを食べながらぼんやりしていた。多分まだ立ち直った状況ではなかったと思う。幾つかの景色を思い出すことはできるが連続したストーリーとしての記憶はない。

少し間を空けて山梨方面旅行。断片的だが少し記憶がある。

 僕は2つの課題を持って挑戦した。それは、無意識の拡張とながら瞑想だ。

僕はその頃、毎日朝っぱらの元気な時間帯に数時間は呼吸と瞑想の訓練をしていた。

 抗鬱剤や安定剤等、西洋医学の薬は効く。
 抜群に効く。

躁鬱病に立ち向かう際、なんだかんだで安定剤と睡眠導入剤は命綱となる。
 だが、所詮薬は対処療法だ。できればストレスを断つことで根本解決したい。
 そんな思いで僕は当時思いつくことを色々試していた。

 瞑想、呼吸、無意識の拡張、この3つは試した中では僕にとっては如実に効果的なアイテムだった。ストレス緩和はもちろんの事、心を入れ替えることができた。

 気分障害は遺伝的側面・環境因子もあるが、心の生活習慣病的な面もある、

と僕は考えている。

 心の生活習慣を見直すことで、気分障害を乗り越えられるのではないか、

と当時おぼろげに考えていた。今ではこれは確信に近い。

 考え方を変え、人生に対するスタンスを改めれば、ストレスは減り、気分障害は軽減すると信じている。ようは心の有り様だ。

 とはいえ、心を入れ替えるのは率直に言って難しい。僕は生活習慣見直しよりも俄然難しいと思っている。
 
 ましてや僕は精神障害者、普通の人よりも自分をコントロールできない人間だ。人生最大の難問だったと言っていい。しかも30歳超えた、いい大人である。子供ならまだしも、はたして大人の心の有り様を書き換えることができるのか?不安はあった。

 だが僕はやるしかなかった、当時僕は結婚が差し迫り、追い込まれていた。結果から言えば試行錯誤の後、僕は数ヶ月で自分を変えることができた。僕ですらだ。であれば多くの人々も正しく取り組めば心は入れ替えられ、人生はより豊かになる。

そして、心を入れ替える手段の一つが瞑想。

これが本書の主張であり、結論だ。

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