メンタル系の病気における自己責任の範疇についてԅ( ˘ω˘ԅ)

 メンタル系の病気は難しい。
 例えばうつ病とは違って双極性障害者の行動は周囲から理解されることはまずない。
 僕の場合のように症状が軽ければ、端から見ても単にだらしなくも元気なクズに見えるだけなのだ。

 気分障害は個性と病気の間のグレーゾーンがとても広いことも、また厄介な点だ。

僕の意見としては

自己責任の元に医者に頼ることなく自身の努力でどうにか自分をコントロールできている間は「個性」。僕みたいに薬なしで自分をコントロールできないなら、それは病気だ。

鬱や躁鬱病などの気分障害から立ち直りたいとすれば、

 病気に対して正しく自覚できるかどうかも重要なポイントだ。

まず、自覚と達観なしには正しく病気と闘うことはできない。
 それにうつ病と躁鬱病は似て非なる病気であり、薬の種類も対処も違う。
 鬱と躁鬱(双極性)の大きな相違点は、鬱は治るが躁鬱は完治しない、という点だと思う。大抵の躁鬱病患者は寛解期もしくは躁の時に「完治した」と勘違いして投薬を止めてしまい、再発するのだ。

 この病気は一生投薬して慎重に寛解を維持するしかないのである。

 僕はこの病気をちゃんと受け入れて、開き直るのに、約1ヶ月を要した。

 精神障害者であることを受け入れることは自分との戦いである。

激しい自己嫌悪、社会で生きていけるのかに対しての葛藤そして何より、

 責任の放棄が付きまとう。

自分がだらしないのは
自分の所為なのか、病気の所為なのか
どこかで割り切りして区切りをつけないと、
自己嫌悪で押しつぶされてしまう。
だが、自分の所為から病気の所為への発想の転換と割り切りは、
正義感や常識を持った人からすれば、
それそのものがストレスだ。

 どこまでが病気で、どこまでが自己責任なのか自分の中で線引きをしたとしても周囲の人たちがそれに理解を示すとは限らない。ある人はもっと頑張れよと言うし、またある人はゆっくり休めと言うだろう。その線引きは日常のあらゆることに付きまとう。何かがやれなかったとして、それが果たして病気の所為か、努力不足なのか、どこまでが自己責任なのか。。。

 結局のところ、線引きについて、周囲に理解を求めるのは不可能と言っていい。

とやかく言われても耳を貸さずに自分を信じるしかない。

何せ当人にすら、
どこまでが病気でどこまでが自己責任なのかなんて
判らないのだ。

もちろん僕も未だ、
かつてのだらしなさのどこまでが病気だったのか
なんて判らない。

だからこういった線引きにおいて、
それを人に理解してもらおうなんて
まず不可能だ。

なお、瞑想で僕のだらしなさは一切消えた。不思議なものである。 


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