躁転。そしてラパイドサイクラー(躁鬱混合状態)へ(੭ ˃̣̣̥ ω˂̣̣̥)੭ु⁾⁾


 僕が鬱から躁に転じたのは2015年、年始。

 きっかけは不景気による残業規制で仕事の負担が減ったこと。そして時を同じくして急性盲腸炎で1週間入院してのんびりできたことが大きかった。
 術後の痛みやら全身麻酔後の倦怠感で体はすごく辛かったが、精神的な面だけでいうと、入院生活は穏やかで心地よかったのだ。

 3月ごろには鬱っけが抜け、4月ごろにはすっかり躁転した。

 だが当時、それが躁転とは気づかなかった。鬱が治ったのだと、僕は誤解していたのだ。そして僕は対処を間違える。躁の状態を正しい状態(寛解)だと見誤り、それを維持してしまったのだ。

 やがて僕は疲労感を一切感じなくなった。仕事もプライベートもバリバリ回して、万能感、多幸感に包まれて一時の幸せを噛み締めたのもつかの間、6月には自分の人格がイかれていることに気がついた。疲れない。寝れない。落ち着かない。何かをやりたい衝動が、止まらない。どんなに頑張っても落ち着いて休憩が取れなくなったのだ。体はどんどん重くなり、睡眠のリズムが取れなくなり、頭はぼんやりしていく。みるみると自分の性格が攻撃的になっていく感覚は今思い返しても恐怖そのものだ。

 7月2日。

 ついに僕は倒れた。

 徹夜で引越ししてしまうという躁鬱病にありがちな失敗を犯したのだ。

 呼吸ができず、胃液は逆流し、僕は一晩もがき苦しんだ。僕は取り返しのつかないところまで病気が進んだと自己判断し、休職を決意した。その判断は、今思えば冴えていた。

 この日をきっかけに僕は躁状態から混合状態という病相に移行する。

 混合状態とは鬱と躁が同時に襲いかかってくる状態だ。その状態の苦しさはなんとも言葉に表現することが難しいが、

僕の場合は1日に数回、躁の人格と鬱の人格が入れ替わる状態が約1ヶ月続く。ラパイドサイクラーと呼ばれる病相である。

 人格切り替わりの前後で記憶は連続しているし、割と客観的な思考(ああ、僕はイかれているなぁ、とか)もあったし、何より妄想や幻覚がなかったので入院することも逮捕されることもなく何とか生き延びることができた。
 今思い出しても人格が入れ替わる瞬間は本当に気持ち悪いものである。
 特に躁から鬱に入れ替わる時の自殺願望は病気の症状の一つと自分で解っていても、抗いがたい強烈な衝動だった。

 混合状態の1ヶ月はまさに生き地獄。

 肉体的な面で言えば、双極性障害によるストレス起因の自律神経失調による、極度の不眠、呼吸困難、逆流性食道炎、手足の震え、ドライマウス、全身の筋肉の緊張で体はバッキバキに硬直し、酷い腰痛に苛まれた。人間よくもまぁストレスだけでここまで不健康になれるもんだなってある意味感心すらした。
 なお、自律神経失調については、その後、ヨガと瞑想により1ヶ月で寛解する。
 ストレスが無くなると共にこれらの体調不良が嘘のように落ち着いたのだ。逆に言うと、そこで一連の体調不良が自律神経失調によるものだということを、ようやく確信することになった。

 自律神経失調症は全身の漠然とした体調不良として現れる。

原因はざっくり言うとストレスだ。
 基本的に病院に行っても特に悪いところはないと言われるだけ。様々な身体不調があるのに、精密検査しても原因がわからない、、そんな時疑ってみるべき病気の一つが、自律神経失調症だ。もちろん混合状態の期間はメンタル的にも最悪で数時間置きに来る自殺願望、いや自殺衝動を抑えるので精一杯といったところだ。

 とまぁ、こういう書き方すると休職中はさぞやぐったりしていたかと思われるかもしれないが、現実はそうでもない。

最高にぐったりする時もあれば、ある時は異常に元気だった。

 とにかく、混合状態における躁の時の行動力は凄まじい。
 当時僕はバイクで色んなところを旅してしまった。旅に出たい衝動が抑えられなかったのだ。目的としては正真正銘、自分探しの旅だ。

 もちろん旅先でも定期的に人格の切り替わりと自殺願望は発症する。毎日このまま事故に見せかけて崖から落ちようかなってよく思ってたものだ。自殺願望については医者には一切相談しなかった。バレたら即入院だと思っていたからだ。

 旅は楽しかった、ようなきがする。はっきりとは覚えていない。

 6月から7月にかけては記憶が断片的なのだ。

 バイクの改造にものめり込んだ。
 毎日合計して6時間くらいは異常に元気な時があったので点検やら整備やら改造やらで大忙しだった。気がつけば、預金は全部無くなっていた。バイクは少しだけ、速く、かっこよくなった。
 自転車にものめり込み、毎朝練習してたら合計1000kmくらい走ってしまった。ジョギングにも精を出し、筋トレもしていた。
 その一方で、もちろん毎日どこかで鬱に転じる。そんな時は布団の中で一切身動きが取れなくなり、人生に絶望したりしていた。

 思考能力、判断力、記憶力、運動神経、反射神経、それら全てが数時間ごとに時事刻々と変化していく。好みや意見すらコロコロ変わる。菩薩のように優しくなったり明王の如く攻撃的になったり、まさに、人格が入れ替わるという表現がぴったりだった。もはやどれが本当の自分なのかわからない、というのがその頃の最大のストレスだった。
 ああ、僕は今、まさに自分を見失っているんだなという、強烈な実感。自己同一性の問題に直面したのである。ひたすら苦しかった。不安定すぎて、自分で自分をコントロールできなくて、もう障害者手帳給付してもらって一生年金暮らしするしかないんじゃないかって思ってた。

 ただ、そういう不幸タイムは毎日数時間程度だ。
 躁の時は異常な万能感と多幸感に包まれるので、それはそれで貴重というか、むしろある意味楽しかった。ああ、覚せい剤をキメたらこんな感じなのかなーとか思ってた。何をやっても疲れない、落ち着かない、でも体はずっと重い。そして突然強烈な疲労感に襲われ、鬱に転じる。躁の間はとにかく何かやらなきゃって衝動がすごい。自律神経失調でガタガタになった体に鞭打って、僕はとにかく何かをやっていた。ジッとしてはいられなかった。

 双極性障害者が躁になると、客観的に見たらただの元気な人なのだ。誰からもかわいそうとは、まず思われない。むしろクズ扱いされる場合が多い。

僕の場合、幸いにも症状が軽かったので、その気になればいつでも正気を演じれた。だから他の人から気づかれることはなかった。知ってたのは主治医だけだ。
 妻ですら、僕の狂気は判らなかった。だが自覚してただけ、僕は幸せだった。
 躁の時は行動力と決断力だけはある。だが、判断力はない。全てにおいて変なことばかりやってしまう。わかっちゃいてもやめられない、とはまさにこのこと。散財なんてその最たるものだが、細かいところでいうと酒飲みたい衝動とか、食欲抑えられなくて激太りしたりとか、タバコの本数がすっごく増えたりとか、とにかく全体的に生活が崩壊していく。落ち着きがなさすぎて休憩できず、疲れでどんどん体調も悪化していく。

 こうして、いずれ周囲からの信用を失っていく。そこに社会性はない。
 これが双極性障害の怖さだ。

 双極性障害の全世界における生涯罹患率は3%程度と言われる。

ありふれた病気の一つである。
無自覚な双極性障害者が、世間にどれほどいるだろうか。
そういった人を救うため、僕はこの病気の知名度を上げたい。
これがこの本をあえて実名で書こうと思った理由である。

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