【躁鬱病闘病記】社会人生活をギブアップして夢の闘病生活に突入

2015年 7月2日。 
僕は休職を決意した。ギブアップである。

 そこから1週間は仕事の引き継ぎだ。

 体はガタガタだがカリカリの躁状態だったので、仕事はバリバリやった。

休む気満々で全力で引き継ぎを行った。
 最後の二日はなんだか涙が止まらなくて泣きながら仕事していたようなきがする。
 記憶は断片的だ。

 その1週間は僕が生まれて初めて自己の狂気を隠し通すことができなかった期間だ。
 それまではやろうと思えば普通や正気をいつでも演じることができていた。
だがその期間だけは、狂気を理性で包み隠せなかったし、隠せないと思った。

 僕はこの病気を一人で抱え込むことはできないと判断し
 カミングアウトする戦略に切り替えた。それまで僕は周囲に隠し通していたのだ。

 この週だけは客観的に見ても、僕は狂っていたと思う。
 周囲から休めと言われたのも、その時が初めてだ。

 逆に言うとそれまで周囲は僕の異変には気付けなかった。
 婚約していた彼女ですら、だ。
 それほどまでに僕の症状は軽い方なのかもしれない。あるいは、双極性障害について、周囲が先に気づくことなんて、不可能なことなのかもしれない。何せ僕は健忘症が酷かった時期でさえ、周囲の人間は僕にダメ人間の烙印を押す程度で、心配されることなんて皆無だったからだ。

精神障害者なんて結局、世間ではクズ扱いされるだけなのだ。

休み始めてから2週間くらい、記憶はほとんどない。

 とにかく体がガタガタで疲れ果てているのに、たとえ睡眠薬を服用しようとも、まともに寝ることは出来なかった。その一方、躁の時にいろんなことをやらかしてしまった。完全に社会性が無い状態だった。落ち着きが無さすぎるが故に、意思決定が下手過ぎて、責任の伴う行動なんてまず不可能な状況だったのだ。

 だが少なくとも1日に1回は正気を取り戻していた。そんな時は微かな理性の中でとにかく重大な決断だけは棚上げにしておこうと心に誓った。重大な決断というのは例えば、婚約破棄、退職、自殺などのことだ。

 ちなみに一時的に正気を取り戻す感覚はかなり不思議である。
 突然落ち着いて、頭がクリアになり、考えがまとまるようになるのだ。何もかも冷静に客観的な視点を持って正しく決断することができるようになる。

 もちろん正気は長く続くものではない。その頃、僕はせいぜい1時間くらいしか正気を保てなかった。次はどんな人格が訪れるのか、そんなことを冷静に考えるだに恐怖だった。次の人格で僕は一体どんな行動をとってしまうのか、想像がつかなかった。散財ならまだしも衝動的に自殺しちゃうんじゃないかと、とても心配だった。

 自殺に対する不安、これは誰にも相談できなかった。
 なんとなく精神病院に措置入院されたくなかったのだ。
 もちろん、人格が躁にいれかわったら、そういう不安は一瞬で吹き飛んでしまう。そういう時は万能感・多幸感が支配的だ。寝起きは常に躁だった。連日4時起きの早朝覚醒が続いた。

 一方で当時はまだバリバリの混合状態なので鬱な時も頻繁にあり、そういう時は人生に絶望しながら実にぐったりしていた。だいたい夕方は鬱だった。

 記憶がおぼろげとはいえ
 躁の時、特に早朝は酷いテンションでFacebookにいろいろ書き込んでいる。
 だから、今でもなんとなく自分の足取りを掴むことは可能だ。

 ただ、躁の時に書いた文章は酷い。


 狂気というか、承認欲求がにじみ出てて、実に気持ち悪い。ドヤ顏すぎて恥ずかしい。今では読み返す気になれない。SNSとはげに恐ろしきものである。

なお、瞑想で気分が寛解したら各種承認欲求がなぜか消えてSNSとかブログに何かを書き込もうという衝動は一切消えた。それまで僕は典型的なSNS中毒者だったのだ。

>>次に進む>> || もくじ ||本を買う(itunes store)

0 件のコメント:

コメントを投稿